責任のある仕事
何かの価値を生み出す事が、仕事の本質なのであろう。
一日十時間程工場に居て、必要があればボタンを押す。それだけが男の仕事である。
何の役割を担っているのかよく判らない人間からの指示を受けて、男は何の役割があるのか今ひとつ理解しきれぬボタンを押す。
男はそのボタンを押す事の意味も、その行為の先にどういった結果があるのかも知りはしないのだが、ただそのボタンを押したという事実に責任を持つ事だけが、彼に与えられた役割なのだ。
男は仕事に責任を持っている。彼がこの仕事を充てがわれてから暫く経つが、幸いな事に今のところトラブルや事故は起こっていない。
不幸にもトラブルや事故が発生し、怪我人や死者、企業に経済的損失が出てしまった時こそが、彼の真の出番なのである。
起こってしまった事象に対して、責任をとる事が彼の仕事だ。
彼はボタンを押した先で、万が一起こった問題に対する対処法を教育されていないし、それを行う権限も権利も持たされていない。
彼に与えられているのは、責任をとるという役割だけなのである。
彼は貧相なパイプ椅子にだらしなく腰掛けて、スマホゲームなんぞに興じて暇を埋めながら、ボタンを押せという指示が来るのを待つ。
昨日までは何も問題は無かった。明日はどうか判らないが、きっと今日も問題は起きないだろう。
そんな事を特に思いもせず、彼は何の疑いも無く、交代が来るまでの時間を、どの様に暇を潰して過ごすかしか考えていない。それが彼にとっては仕事なのである。
男は一体、この仕事で何を生み出しているのであろうか。
彼は絶えず富を生み出す巨大なシステムの中で、そのシステムの所有者や、その恩恵に預かる役職者達のリスクヘッジの為に存在しているスケープゴート。
多数の社員や役員達の立場や生活を守る為、組織という体裁を存続させ続ける為の保険として、人身御供となり捧げられるその日まで、来る日も来る日も彼はぼんやりとスマホを眺めて、ボタンを押せという指示を待ち続ける。
その仕事が生み出す価値を男は理解していない。