だからなんなんだよ。

何処か居た堪れない心持ちを抱えて暮らす中年の戯言。

夜勤明けのストロングゼロ

十二時間に及ぶ苦役から解放されて、心身共に消耗し切った、満身創痍状態で工場の門を潜り抜けて娑婆に出る。

 

眠気で限界になっていた重い頭がその瞬間、一気に意識がクリアになり、目がバキバキに冴えるのである。

 

何度やっても決して慣れる事の無い夜勤ではあるのだが、この時だけは最高の気分を味わえるのが何とも言えない。

 

しかし、この夜勤明けハイは、工場の門を出た瞬間をピークに、時間の経過と共に見る見るうちに落ち込んでいき、十二時間後に再び同じ門を潜る頃には、生まれてきた事を後悔する程に鬱々とした気持ちにまで落ちていく。

 

天国と地獄の門は表裏一体である事を、夜勤の度に思い知らされるのである。

 

ともあれ、清々しい気持ちで工場を後にして、軽い足取りで一目散に向かうのはセブンイレブン

 

店内に入り、他の物には一切目もくれず、最短の経路で目的のアルコールの棚から、お馴染みのブツを手に取り、二つある内の最短で会計が済ませそうな方のレジを、一瞬にして見分けて並び、速やかに会計を済まして外に出る。

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疲れて休息を求める身体とは裏腹に、交感神経が優位となり、バキバキに覚醒した意識を鎮める為、168円で買えるドリンクのプルタブを、震える指先で引き起こし、コーヒーメーカーの横から失敬した、アイスコーヒー用のストローを飲み口に突き刺して、夢中で吸い付き、空きっ腹にアルコールを注入していく。

 

レモンだか、ライムだか、何とも言えないフレーバーで味付けされた、飲み易いのか飲み難いのか、いまいちハッキリしない液体が、炭酸の刺激と共に喉を通り、空っぽの胃袋を満たしていく。

 

ストローを突き刺した、500ml缶のストロングゼロを片手に、トボトボと自宅に向けて歩く。

 

美しい黒松が生い茂る、松林が見所である大きな公園を、早朝の澄んだ空気を全身に浴びて歩いていると、次第に酔いが回り始めて、多幸感に包まれ、フワフワとした心地で満たされた私には、最早苦悩も疲労も無く、この世界の全てに祝福された、無敵の存在と成りそこに存在していた。

 

圧倒的なサイズと数の煙突達の、煙を吐いている姿が背後に遠ざかる。早朝の公園を散歩する、引退したと思わしき老人達が、訝しげな表情で此方を一瞥しながら通り過ぎていく。

 

十二時間前の私であれば、これらに対して憎しみと嫌悪の感情が、とめどもなく沸々と溢れていた事であろう。しかし、今の私はこの世界の全てに祝福された完璧な存在であるが故に、目に映る何もかもが愛おしく感じられ、慈しみに満ちた視線で其れらを見つめる事が出来るのである。

 

そんな調子で、一本目を飲み切る頃には、私は揺るぎない慈悲の心に目覚めた、この世界全てが、くだらなくも、そして愛おしいと感じる、何か絶対的な境地に達したかの如く、ご機嫌の様相を呈して、自宅への道のりを、まるで宙を舞うかの様に滑らかに、フラフラと歩き続ける。

 

30分程歩いた頃、私の目前にはまたしてもセブンイレブンが現れる。

 

一本目のドリンクはとうの昔に空である。私は更なるご機嫌の境地を求めて、吸い寄せられる様に店内へと歩を進めて行く。

 

気が付けばまた同じ物を手にして、同じ様にプルタブを開けて、ストローを突き刺している。

 

二本目の液体を体内に注入し始めて直ぐ、私を支配するのは圧倒的な不快感である。

 

二口、三口と、二本目の液体を口にしていくにつれて意識では無く、身体の方からこれ以上はイケナイというシグナルを発し始めている事の表れだ。

 

過ぎたるは及ばざるが如し。自宅までの道のりを歩く間に、コイツを全て飲み切るのは、些か無理があると感じ、500ml缶ではなくて、350ml缶にするべきであったと後悔するももう遅い。

 

私は既に、その手にあるストロングゼロを飲んでいるのでは無く、ストロングゼロに飲まされている領域へ、気が付けば足を踏み入れていたのである。

 

ハタから見るに私の姿は、朝っぱらからストロングゼロを片手に、真っ赤な目を据わらせた、独り言をブツブツと呟きながら、ふらふらと千鳥足で歩く、小汚い作業着を身に纏った、不審者以外の何者でも無いのである。

 

気が付けば最寄りの駅前まで歩を進めている。時刻は午前七時過ぎ。真っ当なサラリーマン達が、通勤の為に7時16分発の新快速を目指して、小走りで改札に吸い込まれていく。

 

そんな人々を横目に、流れを逆らい歩く。心地良い解放感とほろ酔い加減はとうに消え去り、全身を包み込む倦怠感を抑え込むのに必死になりながら、へなへなとベンチに座り込む。

 

爽やかな一日の始まりである、早朝の街の様相を眺めながら、鈍った思考が鬱々とした気分を連れて来る。

 

道ゆく人々の顔に表情は見えない。残り十時間。遠目に少しだけ見える煙突達が、手招きしながら笑っている気がする。

 

立ち上がって私は、中身が半分残った缶をゴミ箱に放り込み、歩き出した。

 

やはり350ml缶にするべきであった。